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飯塚簡易裁判所 昭和48年(る)283号 決定 1973年5月14日

主文

本件請求はこれを却下する。

理由

第一、本件請求の申立の趣旨および理由は、勾留請求書に記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

第二、当裁判所の判断

一、司法警察員作成の緊急逮捕手続書によれば、被疑者は、同手続書記載の強姦致傷の被疑事実により、昭和四八年五月一一日午前一一時二五分、田川警察署において逮捕され、同日午前一一時三〇分同署に引致され、同日午後一時五〇分田川簡易裁判所裁判官から右逮捕を認められ、同月一三日午前一〇時三〇分福岡地方検察庁飯塚支部検察官に送致手続がとられた旨の各記載が認められる。

二、ところで、右手続書によれば、被疑者は、同月一一日午前八時頃(午後八時頃とあるのは午前八時頃の誤記と認める。)、自宅付近で警察官から任意同行を求められた旨の記載が認められるところ、当裁判所の被疑者に対する勾留質問によれば、被疑者は同日午前七時四五分頃、自宅に帰宅するや、警察官二名から声を掛けられた後、「一寸こい」と言われて警察官同乗の自動車に乗せられ、途中車内において本件被疑事実の内容を尋ねられたりしながら田川警察署まで連行され、午前八時頃に同署に連行されてからは、引き続き午後五時過ぎ頃まで取調べを受け、取調べ後はそのまま同署留置場にとめおかれ当裁判所の勾留質問までの間、引き続いて同署の内にあったこと、警察官が被疑者の姉の警察までの同道を拒否したうえ、被疑者に対しては「逃げまわらなくてもいいじゃないか」とか「署まで来い」或いは「こんどの事件をどういうようにやったのか」などと申し向けるなどしたことから、その頃は既に被疑者は本件犯行が発覚し観念したと思っていたこと、警察における取調室では、四、五名の警察官が入れ変り立ち変り出入りし、供述調書も一通作成せられたことなどの各事実が認められる。また、本件一件記録によれば、警察官は、被害者の母親Yの訴えにより、被疑者宅に赴く迄には既に、被害者の入院先を訪ねるなどして捜査をすすめ被疑者の逮捕を準備していたことが認められる。

してみると、本件の場合には警察官二名が被疑者に対し署まで来いと命じ、被疑者がこれに応じたとはいえ、警察官が被疑者を自動車に乗せて看視し、いつまでもその身体を捕捉できるような状態で連行したこと、連行後はすぐに取調室に入られて捜査官の尋問を受け、午後五時過ぎまで長期間にわたって取調べがされたこと、取調べ後はそのまま留置場に入れられたこと、警察官側において、一応逮捕しようと思えばその用意は出来ていたことが認められるのであるから、少くとも同日午前八時頃田川警察署に連行され引き続き取調べを受けた以降は、被疑者は実質的にその身体の自由を拘束された、換言すれば、逮捕されたと同一の状態におかれたとみるのが相当である。

従って、前認定のとおり司法警察員が同年五月一三日午前一〇時三〇分に被疑者を検察官送致したことは、既に同月一一日午前八時頃には名目上は任意同行であれ実質上逮捕行為が認められる以上、右送致は刑事訴訟法二〇三条一項に規定する時間の制限をこえていることが明らかであるから、本件にあっては、同法二〇六条一項による検察官の疎明がないので、同法二〇六条二項、二〇七条二項但書後段により、勾留状を発することなく、直ちに被疑者の釈放を命ずることとする。

三、以上のとおりであるから、主文のとおり決定する。

(裁判官 小川良昭)

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